成蹊医会

神経変性疾患をiPS細胞で治療できるか?

日本大学医学部神経内科教授

大石 実 (中学1965年卒)

 京都大学の山中伸弥教授が2012年度のノーベル生理学・医学賞を受賞されました。受賞対象となった業績は「成熟細胞が初期化され、多能性を獲得する現象の発見」です。山中教授の研究グループは皮膚の線維芽細胞に4つの遺伝子を導入することにより人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cells: iPS細胞)を作製しました。

 人間の皮膚などの体細胞に極少数の遺伝子を導入し、数週間培養することによって、様々な組織や臓器の細胞に分化する能力とほぼ無限に増殖する能力をもつ多能性幹細胞を作製することができます。この細胞を山中教授はiPS細胞(iPodに倣ってiを小文字にしたそうです)と名付けました。

 胚性幹細胞(embryonic stem cells: ES細胞)は受精後6、7日目の胚盤胞から細胞を取り出し、それを培養することによって作製されます。一方、iPS細胞は体細胞を使って作ることができるので、受精卵を破壊する必要がなく倫理的問題は回避されます。また、ES細胞と違ってiPS細胞は患者自身の細胞から作製することができ、分化した組織や臓器の細胞を移植した場合でも、拒絶反応が起こらないと考えられます。

 人工的に作る幹細胞ではなく、体の中に存在する幹細胞(体性幹細胞)を用いた治療法もありますが、体性幹細胞は決まった細胞にしか分化できず、採取できる細胞数が少ないことなどから、治療効果を期待できる疾患には限りがあります。

 私の専門分野である神経変性疾患において、iPS細胞による治療が可能かを考察しました。iPS細胞を用いたヒトでの治療はまだ行われていませんが、動物実験ではパーキンソン病、ハンチントン病、筋萎縮性側索硬化症、アルツハイマー病において、幹細胞による治療により臨床症候の改善や余命延長が報告されています。

 胎児の脳組織をパーキンソン病患者の線条体に移植すると、臨床症候が改善するとの報告があります。また、パーキンソン病患者から作製したiPS細胞をドパミン作動性ニューロンに分化させ、それをパーキンソン病モデルラットの線条体に移植すると臨床症候が改善したとの報告もあります。

 胚性幹細胞から作製した線条体ニューロンをハンチントン病モデルラットの脳に移植して、臨床症候が改善したとの報告があります。また、ヒトの神経幹細胞をハンチントン病モデルラットに静注して、臨床症候が改善したとの報告もあります。

 ヒトの神経幹細胞から運動ニューロンを作製し、それを筋萎縮性側索硬化症モデルマウスに髄注すると余命が延長し、移植した運動ニューロンがマウスの大脳灰白質や脊髄前角に取り込まれていたとの報告があります。

 神経成長因子を作るヒトの神経幹細胞をアルツハイマー病モデルラットの海馬内に移植すると、臨床症状が改善したとの報告があります。また、移植した幹細胞からラットの脳細胞に遺伝子移入が起きたとの報告もあります。

 神経変性疾患だけでなく脳卒中や脊髄損傷でもiPS細胞による治療は有効と考えられ、線維芽細胞から神経幹細胞へ直接誘導する方法も使われるようになると思われます。

MIBG心筋シンチ  :   パーキンソン病では心筋へのMIBG取込の高度低下がみられます.

キセノンCT脳血流検査  :  アルツハイマー病では脳血流の低下がみられます.