アジア原子力協力フォーラムのご紹介
放射線医学総合研究所 唐澤久美子 (高校29回)
はじめまして、昭和53年卒 旧姓水谷です。私は、がんの放射線療法に携わる放射線腫瘍医で、卒後ずっと私立大学病院に勤務しておりました。しかし、昨年思うところあり放射線医学総合研究所(以下 放医研)に異動し、業務の中でアジア原子力協力フォーラム(Forum for Nuclear Cooperation in Asia 以下FNCA)http://www.fnca.mext.go.jp/index.htmlというものに関与しています。これは文部科学省が主体となり放医研と原子力安全研究協会が協力して行っている原子力平和利用の国際協力の枠組みで、日本がこのような事業を行っていることを成蹊医会の皆様に知っていただきたくご紹介致します。
FNCAには、日本を含む近隣諸国で核不拡散条約(NPT)加盟の12カ国、オーストラリア、バングラデシュ、中国、インドネシア、カザフスタン、韓国、マレーシア、モンゴル、フィリピン、タイ、ベトナムが参加しています。その歴史は、1990年3月の「第1回アジア地域原子力協力国際会議(ICNCA)」にはじまり、1999年からFNCAに移行しています。現在、放射線育種、バイオ肥料、電子加速器利用、放射線治療、研究炉ネットワーク、中性子放射化分析、原子力安全マネジメントシステム、放射線安全・廃棄物管理、人材養成、核セキュリィ・保障措置の10プロジェクトがありますが、ここでは私が関与している放射線治療のプロジェクトについてご紹介させていただきます。
放射線治療プロジェクトは、1993年から活動を開始し活発な活動を継続して各国から高い評価をいただいています。その目的は、放射線療法および化学放射線療法に関する国際的な多施設共同臨床試験を行い、その治療成績を評価してアジア地域に適した標準的な治療方法を確立すること、これらの疾患に対する放射線治療技術および治療成績の向上を図ることです。そのために以下の活動を行っています。
- 放射線腫瘍学ワークショップ
- 多施設共同臨床試験
- 現地放射線治療施設の視察と指導
- 放射線治療の物理学的品質保証/品質管理(QA/QC)
- 公開講座
- 出版、広報、その他
1993年からアジア女性に多い子宮頸癌の放射線治療の標準化に取り組み、放射線治療の標準化試験を行い、2001年には「アジア地域における子宮頚癌治療における治療標準ガイドブック」を発刊しています。その後も局所進行子宮頸癌に対する3つの臨床試験を継続し、ここで行われた化学放射線療法のプロトコールが各国の標準治療の一つとなっています。2003年からはやはりアジアに多い上咽頭癌の化学放射線療法の臨床試験を開始し、局所進行癌に対する3つの臨床試験を行っています。
放射線療法では、放射線のQA/QCが重要ですが、これに関しては放射線医療にかかわる応用物理学者である医学物理士が主体となって活動し、2008年に「小線源治療物理のハンドブック」を発行しています。外部照射のQA/QCに関しては、現在までに参加10か国13病院の治療装置の計38ビーム(4-18MV X線)の線量測定を、ガラス線量計の郵送あるいは現地訪問にて行い精度を確認しています。
今年度は昨年12月にパキスタン、ラホールのInstitute of Nuclear Medicine and Oncology (INMOL)に放医研から医学物理の先生2名と唐澤が訪問し線量測定と情報交換を行いました。空港に出迎えに来てくれた現地の先生方には銃を持ったセキュリティーガードが同行しており、我々をホテルに送り届けてくれましたが、周囲を高い塀で覆われたホテルから外に出ることは決してしないように言われました。滞在期間中は毎日車で迎えに来てくれて病院を訪問しましたが、常に銃を持ったセキュリティーガードが同行して安全を確保してくれました。INMOLにはコバルト2台とリニアック1台、小線源装置などがあり、最も多い疾患は進行舌癌とのことでした。多くの患者を抱える忙しい病院でしたが照射の精度は良好に管理されていました。パキスタンはブットー首相が居たように、知識層の女性の社会進出が進んでおり、INMOLでも女性の責任者が多いのが印象的でした。
放射線腫瘍学の年次ワークショップは各国持ち回りで行われ、今年度は2012年1月9日から蘇州で開催され、私も参加致しました。参加国は、FNCA の10加盟国と、国際原子力機関(IAEA)からのオブザーバーとして原子力科学技術に関する研究、開発および訓練のための地域協力協定(RCA)の3加盟国、インド、パキスタン、スリランカでした。上海の复旦大学陽子線・重イオン線治療センター長の肝細胞癌の放射線療法に関する特別講演から始まり、臨床試験の結果と進捗状況の報告と討議、日本からの子宮頸癌治療のトピックスに関する講演、外部照射のQA/QCに関する報告、新規加盟国のモンゴルとIAEA/RCAから参加のインド、パキスタン、スリランカの状況報告があり、将来計画についての議論までが3日間で行われました。モンゴルには放射線治療施設は1つしかなく、今年初めてリニアックが入るそうで、7月に訪問して技術援助をする約束をしました。参加して感じたことは、各国の意識の高さで、アジアへの協力というと、とかく上から目線で考えがちですが、国ごとにレベルの差はあれ先進的な施設の治療レベルは高く、QA/QCの体制などは日本が学ぶべきこともありました。
日本では、欧米と比べて放射線治療体制の整備が遅れている面がありますが、自国のことに留まらずアジアの1員として、アジア全体の放射線治療を必要としている人々に適切な治療が行き渡るような努力を続けていく必要があると感じています。
平成23年2月