成蹊医会

整形外科領域日帰り手術の現状と展望

善衆会病院 群馬スポーツ医学研究所
整形外科  上村民子

高校35期の上村民子です。学会でアリゾナ州フェニックスに来ています。

アリゾナ州フェニックス

Arthroscopy Association of North America(AANA:北米関節鏡学会)という学会に参加していて、すばり、これが私の専門とする領域です。もちろん整形外科医なのですが、主に膝半月板、靭帯損傷、軟骨損傷などのスポーツ外傷と変形性膝関節症などにとりくんでいます。
鏡視下手術といえば、低侵襲手術の代表のようなものですが、これが日本だと、未だに何日も入院するような大手術と同等な扱いなのですが、実際には日帰りが可能なものです。もちろん、米国では半日で退院します。

文化的に“手術=入院”が定着している、日本の医療ではありますが、低侵襲、低コスト(もちろん低人件費)、高QOLを求めて、この5年余りはメインテーマとして日帰り膝関節鏡視下手術の普及に非力ながら力を注いできました。

多くの急性期病院がDPC対策に追われるようになった昨今では、ようやく日帰り膝関節鏡にも出番がくるようになりました。 DPCには医療経済的な背景が存在するものの、これまで日本にはなかった、医療の簡素化を行うと手術もシンプル、入院もシンプルになり、外来部門が充実するためか、自ずと患者側の治療の目的と治療者側の医療の目的が明確になって、相互の理解が深まってきたように思います。
先日、メディカ出版の整形外科看護という看護雑誌から、『整形外科日帰り手術の現状と展望』というタイトルで依頼原稿があり、その一部を抜粋し、この場でご紹介させていただき、多くの先生方の批判に浴したく存じます。

整形外科領域の日帰り手術
近年、整形外科領域の日帰り手術は増加傾向にあるといえますが、その適応はまだ明確にはなっていません。筆者が在籍していた、湘南鎌倉総合病院日帰り手術センターで平成18年1月から12月までに行われた258例の整形外科日帰り手術(DS)では、鏡視下手根管開放術が外来手術の22%、膝関節鏡視下手術がDSの67.2%を占め、双方の手術は全体の43.4%を占めました。関節鏡を使用した手術は低侵襲で、整形外科領域の日帰り手術の進歩に寄与したことはいうまでもありません。また、麻酔法の工夫やリカバリーに関する研究も進歩し、これまで入院を必要としていた、観血的骨接合術も適応が拡大しています。

DSは、手術侵襲が低いというだけではなく、出血の程度、術後疼痛、感染などが適応を決める判断材料になるかと思います。出血に関しては、ドレッシングの工夫などでコントロールは可能ですが、術後疼痛や感染については、侵襲の大きい手術になればなるほど、コントロールが困難となり得るので、日帰りとはいえ、一泊入院を勧めるのが無難です。とくに骨折の観血的骨接合術(ORIF)では、内固定材料を使用する関係上、疼痛に関しても感染に関しても内服薬や坐薬のみでは対処が困難で、静脈注射を要することもありますので、術後翌日までは点滴を継続しておくことをお勧めしています。

日帰り手術の海外事情-予定手術のほとんどが日帰り手術である、米国の事情について―
米国では下肢手術の一般的な入院期間は人工関節で4日前後、その他はほとんどが日帰りで行われています。この背景には医療経済が日本とは異なること、家庭を中心にしたライフスタイル、自宅にても可能な疼痛管理の工夫、リハビリテーションプロトコールの簡素化などがあげられます。

日帰り手術の適応疾患は、本邦ですでに行われているものに加え、肩関節鏡視下手術、膝関節鏡視下手術のほぼすべてです。筆者が過去に訪れた米国デラウェア州の整形外科日帰り手術センターでは、肩関節、股関節、膝関節の鏡視下手術の大半が全身麻酔で行われていました。特に疼痛管理が難しい膝前十字靭帯再建術については、患肢のアイシングシステムのレンタル、術後に創部への局麻薬の注射などを行っています。術後はリカバリーから帰宅待機までの間の点滴以外は、すべて内服で、抗生剤、麻薬を含む消炎鎮痛剤が処方されます。創部はステリストリップで固定されていますので、術後2-3日でシャワーを許可し、術後3日-1週間めに外来を受診させます。

術前にリハビリテーションのプロトコールを患者に理解させ、リハビリテーションは主治医の整形外科クリニックから依頼されたリハビリテーションクリニックで行われます。
手術は初診から術後の機能回復までが全て外来ベースで流れており、患者側も手術を入院しないで行うことに何の抵抗もないことが、患者中心の術後管理を容易にしています。患者教育は、医師、看護師、理学療法士のそれぞれが術前から関わって積極的に行われ、この充実こそが米国の日帰り手術の確立を後押しをしたとも言えます。

本邦でも術前からの各職種の積極的な関わりが課題であると思われ、手術を受ける側からのニーズを術前から社会復帰にいたるまで反映することが望ましいと考えます。

日帰り手術は今後どうなるか
現在、日帰り手術の中の一部の術式には、短期滞在手術基本料が設定されています。これは、ある一定の施設基準を満たせば、指定された手術に対して、1日から1泊2日に完結した場合に診療報酬を請求できる仕組みになっています。しかし、今年4月の診療報酬改定では、15歳未満の鼠径ヘルニアに関してのみ、一律5670点となりました。これは近い将来導入が予測されるDRG/PPS(Diagnosis Related Group/Prospective Payment System)を見据えての改定と思われます。

すでにDPC(Diagnosis Procedure Combination:急性期入院医療費包括支払い方式)を導入されている施設は国内の急性期病院の半数近くに昇ります。現在は短期滞在手術とDPCは別な算定方法が採用されていますが、いずれの考え方も外来診断機能を向上させて、入院治療をシンプルにするという点で一致しています。

現在はごく限られた術式にのみ採用されている短期滞在手術基本料ですが、表1に示した術式のごとく、すでに実施されて、応用可能な術式は多く、術後リカバリー時間など手術完結までの目安が明確になりつつありますので、適応術式は今後、拡大されることと思われます。
このような本邦の医療経済の動向に合わせて日帰り手術のニーズが高まることは明らかであり、今後は日帰りで手術を行わなくても、DPCにあわせた、入院治療の簡素化という側面から、日帰り手術のノウハウを多くの施設が導入を余儀なくされることとなるでしょう。

今日の時点で、日帰り手術を受ける患者側からのメリットは、仕事や学校の休暇をセーブできること、自宅で快適に過ごせること、入院費がかからないので、経済的な負担が少ないことなどがあり、一方でデメリットとしては過去は入院が常識であった手術を日帰りで受けることへの不安、疼痛、周術期合併症への対処方法などがあげられます。これらのデメリットは患者教育とクリティカルパス、病院の24時間サポート体制などの充実で解消できるものと思われます。

現在でも日帰り手術を施行される施設においてはほとんどがクリティカルパスを導入されていますが、バリアンスの検討を多くの施設で共有化するなどの工夫も今後、日帰り手術をより安全に行い、患者満足度を向上させることができると考えます。